新しい織機

  • 2019.03.07 Thursday
  • 20:21

 

 

新しい織機が来ました。

 

新しい織機

 

私が初めて織りを習ったお教室にあった機。

 

知っている人に譲りたいからと、声をかけてくださいました。

 

もう20年以上も前のご縁なのに、ありがたいことだし、ご縁って不思議だなぁと思います。

 

 

大きな機なので、私に使いこなせるかどうかが問題なのですが。。

 

 

先日、私の先生とそのご友人の染織家の方がいらして、組み立てとセッティングをして、使い方を教えてくださいました。

 

お二人とも、美術館で展示をされたり、作品がテレビや映画のシーンで使われたり、第一線で活躍されている染織作家さんですが、大工仕事のような作業も楽しそうにやってくださいました。

 

私には何だかわからないパーツもテキパキと組み立て、細かい微調整も丁寧で、出来上がった機に何度も「いい機だね〜」と言って。。

 

本当に織りを愛しているのだなぁと、間近で見て強く感じました。

 

あぁ、とても贅沢で貴重な時間でした。

 

 

まずはゆっくりと慣れていきながら、いろいろ織ってみます。

 

織りを始めた頃のワクワク感や自由な気持ちを鈍らせず、いつまでもキラキラ輝かせたまま持っていたいものだと改めて思いました。

 

 

「民衆」から生まれるもの

  • 2018.11.16 Friday
  • 11:16

 

 

工房までのいつもの道に、音楽を爆音で流している家があります。

 

キャンディーズだったり、藤圭子だったり、ビートルズの日もあります。

 

音漏れレベルではなく、もはや周りに聴かせているとしか考えられない音量なので、近隣との関係はどうなんだろうと心配してしまいます。

 

 

道すがらの景色は、なんてことないのかもしれないけれど興味深いです。

 

 

建物はかなり古くて(失礼ながら)今にも壊れそうなのに、玄関前にたくさんのプランターで草花を飾り、通りすがりの人たちを楽しませている家。

 

営業しているのかわからない、背中のまぁるいおばあさんのタバコ屋。

 

昔ながらの鉄の塊のようなアイロンを使うクリーニング店。

 

夏のクリーニング店には、浴衣や祭りの法被が山積みで、店主も忙しそうでした。

 

老夫婦がやっていた八百屋は、先月末で閉店してしまいました。

 

駅前に新しい大きなスーパーがあるので、難しかったのだと思います。

 

 

数年後、今見ている景色は、どうなっているのでしょう。

 

 

下町風景

 

 

東京にはたくさんの人、営みがあります。

 

東京に暮らしていると、自分は「民衆」の一人に過ぎないと感じます。

 

 

工房の辺りはいわゆる下町で、おしゃれでキラキラの東京よりも、「人」や「自然」がしっかりと存在している気がします。

 

柳宗悦が「工藝の道」で言う「民衆」を自分が勝手に解釈しているだけなのですが、季節を感じ、人と繋がりながら、その土地で築いてきた暮らしの中から生まれたもの、、それは商店でのやり取りだったり、地域の慣習だったり、、時間をかけ工夫し、淘汰されてきた行いの中で息づいているものは、ある意味、民藝的だと思います。

 

特別な個人ではない誰かが日々の営みの中でつくり上げてきたもの、「物」に限らず、姿や在りようも、美しく愛おしいです。

 

 

 

マルテの手記からのお話

  • 2018.10.18 Thursday
  • 14:19

 

 

リルケの「神様の話」を読みました。優しい言葉で語られているのに、歴史や宗教など知識のない自分には届かず、長らく書棚の奥にしまわれていました。

 

今、再び(三たびかも)取り出して読み始めると、どういうわけか最後までスッと入ってきました。

 

 

 

先日、工房からの風で、鞍田先生と稲垣さんのトークを拝聴しました。

 

その中で印象的だった、天国の話。

 

 

人に見せるためではなく純粋に愛する人のために編み物の設計図などを美しく残していた女性のこと、インゲヤード・ローマン展のこと、「神様の話」の指貫の話、「マルテの手記」のレース編みの話・・・。

 

ここのところたて続けに読んでいた堀江敏幸さんの本にもリルケが出てきて、ベン・シャーンが「マルテの手記」の一節を引用して完成させた詩画集のリトグラフを過去の図録で眺めたりなんかしていたので、リルケと言う名前が出てきた偶然に驚きました。

 

 

リルケ、天国。

 

天国に行くためではなく、それ自体が天国。

 

ものをつくる人には、その人にしかわからない其々の天国があると思います。

 

 

自分がしている布づくりについて自問することも多々ありますが、今回のトークを聞いて、腑に落ちたような気がしています。

 

ワタや草木が時おり見せてくれる未知の表情に歓喜したり、先人に想いを馳せて時間旅行してみたり。

 

そして、、到達することも手に入れることも知ることもできない絶対的な何かと向き合う高揚感のようなものも根底にあります。

 

 

 

河井寛次郎の言葉

美の正體

ありとあらゆる物と事との中から見付け出した喜

 

 

トーク中もありましたが、ロダンの助手として手仕事を通して「物」と向かい合っていたリルケと、民藝の精神とには通じるところがあるのだということも興味深いです。

 

 

最近、「マルテの手記」を読み始めました。

 

最後まで頁を進めても、理解できるものではないかもしれません。

 

志村ふくみさんも旅行鞄には「マルテの手記」を入れていたそうで、「この本ほど私を虜にし、悩まし、絶望させ、今もまだその不安の中にいる。こんな本ははじめてだ。」と書かれています。(「晩祷 リルケを読む」)

 

 

ただ、今回のイベントでのお話は、まさに晩鐘のように、自分の中で静かに響いて余韻を残しています。

 

 

 

※工房からの風 director's voice で、「マルテの手記」について稲垣さんの素敵な文章や、箒の吉田慎司さんの考察も載っています。

 

 

 

 

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